わたしたちの教会では、毎年8月に以下の「平和宣言」を交読文として使用しています。

詳しくは

平和に関する信仰的宣言推進担当者会HP

をご参照ください。

平和に関する信仰的宣言

前 文

「平和をつくりだす人たちは、さいわいである」と主イエスは言われる。しかし今、世界は敵意に満ちている。殺戮と報復が果てしなく繰り返され、絶望が支配しようとしている。十字架の主イエスはこの世界において審きと和解を為し、解放と平和を告げ知らせ、私たちを復活のいのちへと導かれる。私たちは静まって沈黙し、主イエスの声に聴く。教会は救われた者の群れとして応答に生きる。神は奴隷の地エジプトから人々を解放し、十戒を与え、救いの出来事に応答して生きることを命じた。主イエスは十字架と復活を通してこの律法を成就された。それゆえ私たちは十戒を死文と化してはならない。教会は十戒を生きる。この世界の中で主のことばに従って平和を創り出していくために、日本バプテスト連盟に加盟する私たちは主の恵みに与りつつ、主の戒めに生きることを宣言する。


1、私たちは主イエスに従う十字架の恵みを受けた私たちは主イエスに従う。信じる者は服従へと召され、主イエス以外のすべての束縛から解放される。主イエスへの服従こそが、私たちを自由にする。


第一戒 あなたはわたしのほかに、なにものをも神としてはならない。私たちは主イエスの御顔をのみ仰ぎ見る。私たちは御声をのみ聴く。私たちは自らを誇ることをせず、十字架の主イエスを誇る。私たちは御心のままにと祈る。私たちは主イエス以外を知らない心貧しき者として生きる。私たちはこの生に平和を見出す。


2、私たちは主イエスのほか何ものにも服従しない主イエスへの服従はそのほか一切のものに対する服従の拒否である。不服従を伴わない服従はあり得ない。主に服従する私たちは自分自身にとって最も大切なものさえも断念する。

 

第二戒 あなたは自分のために刻んだ像を造ってはならない。国家、民族、イデオロギー、経済、富、宗教的政治的権威、自由と正義、道徳、良心、感情、感覚、生命、自分自身、そして愛する者たち。これら一切は、服従の対象ではない。私たちはこれらを神に仕立て上げ、これらにひれ伏し仕えることをしない。


第三戒 あなたはあなたの神、主の名を、みだりに唱えてはならない。教会は神の御心を騙(かた)ってはならない。教会が神の名を利用して、暴力や報復、正義の戦いを肯定することは許されない。


第四戒 安息日を覚えてこれを聖とせよ。礼拝をこの世と区別しないとき、服従してはならないものへの服従が始まる。礼拝は主イエスへの服従行為であり、こ
の世に対する断念である。私たちは礼拝を第一とする。

 

3、主イエスに従う私たちは殺さない主イエスによって解放され生かされた私たちは、もはや殺すことができない。もし殺すなら、私たちは服従してはなら
ないものに服従するのであり、主の恵みを否定するのである。主によって解放され生かされた私たちは、もはや赦すこと、愛すること、分かち合うこと、生かすことしか許されてはいない。教会はただそれらのことにおいて主に服従し、主の恵みを喜ぶ。


第五戒 あなたの父と母を敬え。主イエスによって解放され生かされた私たちは、年老いて弱さの中におかれた者たちを尊ぶ。戦争の時代、生きる価値がないとされた者たちは殺される。私たちは彼らと共に生きることによって、戦争の価値観を拒否する。教会は戦争の役に立たない群れとして生きる。

 

第六戒 あなたは殺してはならない。主イエスによって解放され生かされた私たちは、他者を殺しその存在を否定することができない。殺しのあるところに平和はない。私たちは殺さない。軍備のあるところに平和はない。私たちは殺すための備えを否定する。戦争に協力するところに平和はない。私たちは殺すことにつながる体制づくりに協力しない。暴力のあるところに平和はない。私たちは暴力の正当性を否定する。主に従う教会は敵を愛し、迫害する者のために祈る。

 

第七戒 あなたは姦淫してはならない。主イエスによって解放され生かされた私たちは、姦淫することができない。姦淫は人が性的欲望を持って他者の尊厳を侮辱することである。戦争は姦淫を正当化する。姦淫のあるところに平和はない。私たちは姦淫をしない。教会は性の領域においても他者の尊厳を冒さない。

 

第八戒 あなたは盗んではならない。主イエスによって解放され生かされた私たちは、盗むことができない。しかし神が造られたこの世界は、常に搾取と収奪にさらされ盗まれ続けている。搾取と収奪は一部の富める者と多くの貧しい者たちを生み出し、紛争の要因となっている。富める者は自らの権益を守るため戦争をする。搾取と収奪のあるところに平和はない。私たちは盗まない。教会は神が与えた恵みを分かち合う。

 

第九戒 あなたは隣人について偽証してはならない。主イエスによって解放され生かされた私たちは、偽証することができない。偽証は自己保身と悪の正当化の手段である。歴史に対する偽証はアジアの隣人との和解を阻害してきた。偽証のあるところに平和はない。私たちは偽証をしない。主イエスの赦しを受けた私たちは、もはや保身のための偽証を必要としない。教会は罪をありのままに告白することによって隣人との和解を願う。

 

第十戒 あなたは隣人の家をむさぼってはならない。主イエスによって解放され生かされた私たちは、むさぼることができない。一切を独占しようとする私たちのむさぼりが、隣人を傷つけ、世界を破壊し、戦争を引き起こしている。死者さえもむさぼられ戦争の道具とされる。むさぼりのあるところに平和はない。私たちはむさぼらない。国、力、栄え、一切は神のものである。教会は一切を神に捧げ、奉仕に生きる。

 

結 語

教会は戦争に協力した。私たちは十戒を守らなかった。さらに主イエスが十字架においてこの罪さえも赦し、応答に生きるために復活のいのちを与え給うたにもかかわらず、私たちはこの恵みを理解しなかった。赦された故に主の戒めを
守る必要がないとさえ考えた。こうして私たちは主イエスの恵みを安価なものにしてしまった。そしてイエスは今日も十字架の上からそのような私たちを召しておられる。

極限状況は暴力とその正当化へと私たちを誘惑する。しかしたとえそれが愛する者を守るための暴力であっても、その暴力行為によって私たちは主イエスの十字架の下で審かれる。私たちは主の審きと赦しのもとで十戒を生きるしかない。

教会は主イエスに従う。教会は主イエス以外のものを断念する。教会は弱いものを尊ぶ。教会は殺さない。姦淫しない。盗まない。偽証をしない。むさぼらない。

主イエスの十字架の和解はすでに成し遂げられた。絶望の闇はこれに勝たなかった。私たちは復活のいのちに与り、平和を創り出す。

主は世の終わりまでいつも私たちと共におられる。終わりの日に、主は敵意と殺戮、報復と絶望を完全に終わらせ、苦しめられてきた者たちの目から涙を全く拭い去ってくださる。教会は主が来られる時に至るまで主の死を告げ知らせ、和解の福音を担い続ける。

主イエスよ、先立ちたまえ。伴いたまえ。我らを新たにしたまえ。聖霊なる神よ、我らをきよめ、平和の器となさせたまえ。

父なる神よ、御国を来たらせたまえ。

アアメン、主イエスよ、来たりませ。

平和の主イエスよ、来たりませ。

 

2002年11月15日 日本バプテスト連盟第49回定期総会